勤務医の年俸制及び定額残業代に関して

1 はじめに

 医師、とりわけ勤務医の場合には、夜間救急や緊急手術、当直などで労働時間が非常に長くなる場合があります。事業者側からすると、勤務医の給料にある程度の残業代を含める趣旨で年俸制にしていることも少なくありません。それなりの残業代を元々支払っているのだから未払残業代を請求されることもない、とお考えではないでしょうか。
 しかし、これでは有効な残業代の支払として認められない可能性があります。仮に、残業代の支払と認められなかった場合、未払の残業代を支払わなくてはなりません。さらに、年俸額を基本給として割増賃金計算を行うことになるので、残業代は高額なものとなります。
 このような事態を避けるため、勤務医の給与制度はしっかりと定めておく必要があります。以下では、定額残業代が有効となるには、何が必要かご説明します。

 

2 定額残業代について

(1)定額残業代の基本的要件

 定額残業代とは、労働者が行った時間外労働、休日・深夜労働に対して、一定の金額を支払う制度です。固定残業代、みなし残業代とも呼ばれます。本来、事業者は、時間外労働、休日・深夜労働に対して、法定の割増賃金を支払わなければなりません(労働基準法37条)。この割増賃金の支払に代えて一定額の支払とするのが定額残業代ですので、法定の割増賃金額を下回らない額である必要があります。
 また、定額残業代が有効となるためには、以下の3つの要件を満たす必要があります。

 ①所定内賃金部分と割増賃金部分とが明確に区分されていること(明確区分性の要件
 ②時間外労働等の対価という趣旨で支払われていること(対価性の要件
 ③定額残業代を超えて時間外労働等が行われた場合には差額を支払う旨の合意があること(差額支払合意の要件

(2)各要件について

ア 明確区分性の要件

 前記のとおり、定額残業代は、法定の割増賃金額を下回る額であってはいけません。定額残業代が基本給の中に組み込まれて支払われている場合、定額残業代が本来の割増賃金額以上の金額であるか判断するには、通常の労働時間の賃金部分と割増賃金部分を判別できることが必要です。これが明瞭区分性の要件です。
 そのため、割増賃金部分を明らかにするために、定額残業代の見込んでいる時間外労働の時間数と金額を明記しておくべきです。時間数と金額の一方のみが明示されている場合でも、所定労働時間が明らかであれば一方の数値から他方を算出することは可能なので、定額残業代による割増賃金の支払が必ず無効になるわけではありませんが、労働者にも一目で明らかなように両方を明記しておくのが安全です。

イ 対価性の要件

 定額残業代が手当として支払われる場合、その手当が、時間外労働等の対価として支払われている必要があります。これが対価性の要件です。
 例えば、手当を「出張手当」や「管理職手当」として支給していた場合、出張や管理職としての対価として支払われているのであり割増賃金の趣旨ではないと解される可能性があります。定額残業代を手当として支給する場合には、「定額残業代手当」等の定額残業代として支給されたことが明らかな文言を使用しましょう。

ウ 差額支払合意の要件

 定額残業代が割増賃金の支払と認められるには、定額残業代を超えた時間外労働等が行われた場合に差額を支払う旨の合意が必要です。合意がなくとも、定額残業代との差額が支払われてきた実態があるだけでも足ります。

 

3 年俸制と定額残業代制度

 勤務医について、一定の残業代を含める趣旨で年俸制としている場合、主に明確区分性が問題となります。基本給部分と時間外割増賃金を区別なく支払っている場合には、割増賃金としての支払が認められない可能性は高いでしょう。
 実際に最高裁判例では、定額残業代を含む趣旨での年俸制であった医師について、所定時間外労働に対する割増賃金が支払われたとはいえないとの判決がなされています(最判平成29年7月7日)。この事案では、時間外労働の給与について定めた時間外規程に、時間外手当の対象となる業務は病院収入に直接貢献する業務又は必要不可欠な緊急業務に限ること、通常業務の延長とみなされる時間外業務は、時間外手当の対象とならないこと等を定めていました。また、所定時間外労働等に対する割増賃金について年俸1700万円に含まれることが合意されていましたが、年俸のうち時間外労働等に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていませんでした。
 裁判所は、割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合においては、前提として、労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であるとしました。その上で、本件では年俸について所定時間外労働に対する割増賃金に当たる部分は明らかにされていなかったことから、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することはできず、年俸の支払いにより割増賃金が支払われたということはできない、としています。

 

4 ご相談ください

 ご自身が経営されている病院において、勤務医の給料を定める際には、勤務医の勤務実態を踏まえ、残業代についてどのような制度を定めることが適切かを検討する必要があります。また、既に勤務医の給料につき年俸制や定額残業代を定めている場合には、残業代の処理が適切になされているか確認し、今後未払残業代を請求されるリスクや労働基準監督署に指摘されるリスクについて把握し、問題があれば対策する必要があります。勤務医の給料や残業代についてお困りの方は、一度弁護士までご相談ください。

 

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弁護士法人法律事務所瀬合パートナーズ

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