個別指導・監査における弁護士の活動・弁護士帯同のメリット
1 はじめに
保険診療のルールの周知を目的として、一定の条件にあてはまる病院について、地方厚生局による個別指導が行われることがあります。
病院の側は個別指導に応ずることを義務付けられており、個別指導の対応を誤ると、より厳しい手続である監査の対象となってしまい、病院の経営にも支障を来しかねない重大な不利益処分を受ける可能性もあります。
以下では、このような個別指導・監査等における弁護士の活動や、弁護士を帯同するメリットについて解説していきます。
2 個別指導
(1) 弁護士帯同の可否
個別指導には、集団的個別指導のほか、開業後概ね6カ月を経過した保険医療機関に対し、主として教育的な指導を念頭において実施される個別指導(新規個別指導)、それ以外の通常の個別指導があります。
これらのいずれについても、保険医療機関の委任を受けた弁護士が帯同することが認められており、地方厚生局に対して帯同申出書等を提出することで、弁護士を帯同することができます。
(2) 弁護士帯同のメリット
弁護士が帯同することで、個別指導において不利益に取扱われるのではないかと心配される方もおられます。
しかし、実際には弁護士を帯同したから不利益な取扱いを受けるということはなく、むしろ威圧的な指導や、根拠のない不当な指導が行われないよう地方厚生局をけん制する効果が期待できます。
弁護士を帯同することで、地方厚生局の誘導によって事実に反する内容を認めてしまったり、地方厚生局の正当な指摘に対して感情的に反発することで再指導の対象にされてしまうといった事態を回避し、担当の医師にかかるプレッシャーを少しでも軽減するといったメリットが考えられます。
(3) 事前準備の必要性
また、個別指導では、厚生局から指定された患者に関する診療録やレセプトの持参が義務付けられており、その記載内容がルールに則った適切なものであるかについて、厳格にチェックがなされます。
個別指導当日の対応はもとより、日頃の診療録への記載や、持参物の確認を含む事前準備が極めて重要です。
日常の業務に追われながら適切に個別指導の準備を進めることは保険医療機関にとって大きな負担であり、適宜専門家と相談しながら対応するのが無難といえます。
3 監査
個別指導の結果、著しい不正等の疑いがあるとされれば、取消処分を念頭においた監査手続が実施されます。
監査においても、保険診療機関の委任を受けた弁護士の帯同が認められています。
帯同する弁護士は、監査期日において保険診療機関の主張を書面で提出することが認められており、取消処分等を回避する観点から、保険診療機関にとって有利な主張を述べることができます。
もっとも、帯同する弁護士が代わりに弁明することは認められておらず、場合によっては退席を求められることもありえます。
4 取消処分
監査の結果、法令違反の内容が著しいと判断されれば、保険医登録や保険機関の指定を取り消す処分(取消処分)がなされます。
取消処分を受けると、原則5年間は再指定や再登録が行われず、地方厚生局のHPでの公表等の不利益な措置を受けます。
(1) 聴聞手続
取消処分を行うには、「聴聞」と呼ばれる手続により、保険診療機関側の弁解を聴く必要があります。
地方厚生局側は、弁解を聴くまでもなく取消処分が相当であるとの判断を固めて聴聞手続を実施しますが、当該判断の基礎となった不正・不当請求の金額等の重要な事情に誤りがある場合には、聴聞手続において意見書を提出して是正を求めることで、再監査が実施される場合もあります。
聴聞手続においても、弁護士を代理人として選任することが認められており、聴聞の実施にあたっては、専門的知見をふまえて監査結果の誤りの有無を精査し、誤りがある場合には諦めずに是正を求めることが重要です。
(2) 取消訴訟
実際に取消処分を受けてしまった場合、その効力を争うためには、裁判所に取消訴訟(取消処分の取消しを求める訴え)を提起する必要があります。
取消訴訟において、取消処分が違法であると判断されれば、裁判所が判決で取消処分を取り消すため、従前どおり保険診療を続けることができます。
もっとも、弁護士に依頼して取消訴訟を提起しても、勝訴するのは極めて稀であり、一度行われた取消処分を覆すことは困難といわざるを得ません。
(3) 執行停止
取消訴訟を提起しても、原則として取消判決が出されるまで取消処分は有効であり、保険診療を継続することができなくなります。
そこで、取消訴訟の提起と併せて、「取消処分の執行停止の申立て」を行い、取消処分の効力を停止させるよう求めることが考えられます。もっとも、執行停止は「本案について理由がないとみえるとき」、すなわち取消訴訟において勝訴できる見込みがないときは認められないとされており、必ずしも申立てが認められるわけではありません。
5 最後に
以上のように、事後的に取消処分を争うことは困難であり、手続が進行すればするほど、取消処分を受けるリスクは増大するため、専門的知見もふまえ、できるかぎり早期に個別指導等への対策を立てておくことが重要です。
もし、「個別指導・監査への対応に不安がある」といったことでお困りなら、保険診療の個別指導・監査対策に詳しい弁護士にご相談されるのがよいでしょう。
弁護士法人法律事務所瀬合パートナーズ
最新記事 by 弁護士法人法律事務所瀬合パートナーズ (全て見る)
- 医療機関向け法務相談サイトがオープンしました - 2024年10月2日
- R6.7.26「第7回 企業不祥事に関する定期情報交換会」の開催 - 2024年7月27日
- “働きがいも経済成長も“を目指す企業さまを対象に「SDGs労務コンサルティングプラン」をリリース! - 2022年10月28日
- 医療法人の解散
- 医療法人の運営
- 個別指導の留意点(傷病名の記載に関して)
- 医療法人の支配権争い
- クリニック・医療法人の経営者が顧問弁護士を選ぶポイント
- 勤務医の年俸制及び定額残業代に関して(労務的な内容)
- スタッフの労務問題
- 医療法人のM&Aにおけるデューデリジェンスの注意点
- 医療法人の支配権争い
- 個別指導・監査の基礎知識
- 歯科医院における法律問題
- 医療法人に関する財産分与
- オンライン診療
- 医師の働き方改革~医師の労働時間の上限と健康を守るためのルール~
- 医療法人の種類
- 医療法人の理事解任
- 患者と直接対面せずに投薬の処方箋を発行することの可否
- 医療法人と事業承継
- 個別指導の留意点(診療録に関して)
- 医師の応召義務と診療の拒否
- 医療事故発生時の対応と謝罪の法的意味
- 個別指導の留意点(診療報酬の算定に関して)
- 医療機関の経営者が顧問弁護士を選ぶポイント
- 医療機関における保険診療の個別指導対応と注意点
- 医療法人のM&Aにおける情報承継
- 相続対策のための、持分の定めのない医療法人への移行
- 個人病院の相続
- Q.医療機関を経営していますが、法的に診療録(カルテ)の記載事項として、どのような事項を記載しないといけませんか?保存期間はいつまででしょうか?
- 個別指導・監査における弁護士の活動・弁護士帯同のメリット
- 医療機関の経営者が顧問弁護士を選ぶポイント
- 医療従事者の労働時間該当性
- 医療従事者の労働者性
- 医師の働き方改革
- 診療所・クリニックにおける休憩時間中の電話番
- 勤務医の年俸制及び定額残業代に関して
- カルテの記載事項と保存期間
- Q.患者と直接対面しないで投薬の処方箋を発行することができるか
- Q.医師法21条に基づく,医師による警察署への異状死体の届出について
- 医療機関特有の広告規制
- 医療法人の設立
- 治療費の未払いと回収方法
- 医療機関におけるクレーマー・モンスターペイシェントへの対応方法
- 医療事故に関する過度の賠償請求への対応方法
- 病院から出て行かない入院患者への対応方法
- 診療所・クリニックにおける休憩時間中の電話番
- 分院を円滑に開設する方法
- インフォームド・コンセントと医師の説明義務