患者と直接対面せずに投薬の処方箋を発行することの可否

第1 初めに

 「患者本人ではなく、そのご家族が来院され、患者の容態について説明を受けた。ご家族は、投薬の処方箋を希望しているが、本人の診察をせずに処方箋を発行してもよいか?」
 勤務医から上記のような質問を受けた場合、病院としてはどのように回答すべきでしょうか。今回は、医師法の定めや裁判例も紹介しながら、上記場合に病院がとるべき対応について解説いたします。

 

第2 無診察診療の禁止

1 原則

 医師法20条は、「医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し…てはならない。」として、無診察診療の禁止を定めています。
 同条の趣旨は、一言で言えば、治療の安全性を確保する点にあります。医師は、患者と直接対面して話を聞くことにより、患者の状態を把握することができ、ひいては適切な治療行為を行うことができます。根拠のない治療行為が行われて患者の生命・身体に危害が及ぶのを防ぐために、同条は設けられました。
 そのため、原則として、患者本人と直接対面せずに治療行為を行ったり、処方箋を発行したりしてはいけません。
 同条に違反した場合、当該医師は50万円以下の罰金が科されるため(医師法33条の3第1項)、注意が必要です。

2 例外

 医師法20条の趣旨からすると、治療の安定性を確保できるのであれば、患者と直接対面せずに処方箋を発行することも許容されるはずであるところ、厚生労働省も、「やむを得ない事情がある場合に、看護に当たっている者から症状を聞いて薬剤を投与すること」を認めています(「診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項について」平成28年3月4日保医発0304第3号参照)。
 ここでいう「やむを得ない事情」として一番に挙げられるのが、通院自体が患者にとって重い負担となっている場合(患者が高齢で、自宅から病院までの距離が離れている等)です。
 ただし、通院の負担は誰にでもあることであり、安易に例外を認めるべきではありません。そのため、少なくとも、当該患者の症状が安定していることが前提となるでしょう。
 また仮に、医師が看護にあたっている者から患者の症状を聞いただけで、投薬の処方箋を発行した結果、当該患者の容態が悪化したような場合には、医療過誤の問題が生じます。そのような場合に、当該医師が、通院の負担を理由に直接対面しなかったと主張しても、それが責任を免除・軽減する理由にはならないと考えておいた方がよいでしょう。

 

3 裁判例

⑴ 千葉地裁平成12年6月30日判決(判タ1034号177頁)

 ここで一つ裁判例を紹介します。標記裁判例では、患者の家族から依頼を受けた精神科の医師が、患者本人の診察を経ず、家族の話だけを根拠に投薬治療を行ったことが医師法20条に違反しないかが問題となりました。
 ただ、同裁判例は、患者が精神病患者であって、自身が病気であると自覚していないという事案の特殊性がありました。
 その上で、同裁判例は、当該医師の行為について、
病識のない精神病患者が治療を拒んでいる場合に
患者を通院させることができるようになるまでの間の一時的な措置として
相当の臨床経験のある精神科医が家族等の訴えを十分に聞いて慎重に判断し
保護者的立場にあって信用のおける家族に副作用等について十分説明した上で行われる場合に限っては、特段の事情のない限り
医師法20条には違反しないと判示しました。

⑵ 裁判例に対する評価

 上記裁判例は、医師法20条に違反するかどうかについて、明確な要件を示した上で判断を下した貴重な事例であり、事案も含めて一度は確認しておくべき裁判例といえます。
 ただ、同裁判例は、4つの要件を示す前に、「病識のない精神病患者に適切な治療を受けさせるための法的、強制度なシステムが十分に整っていない日本の現状を前提とする限りは」との限定を付しており、当時から状況が変わった現在においても妥当する論理かどうかは疑わしいところがあります。
 そのため、病院としては、あくまでも無診察診療が許容されるのは限定的な場面に限られ、その都度慎重な検討が必要であるということを頭に入れておくべきです。

 

第3 遠隔診療について

1 遠隔診療とは

 最後に、直接の対面診療を補完するものとして、近年注目を浴びている「遠隔診療」について、簡単にご紹介します。
 「遠隔診療」とは、医者が患者と直接対面せずに、スマートフォンやタブレット等の情報通信機器を用いて、インターネット上で診察を行うことをいいます。
 遠隔診療を導入することによって、患者からすれば通院が不要となるため負担が軽くなりますし、病院にからしても、インターネット上で手続が完了するため、事務作業の負担が減るというメリットがあります。また、新型コロナウイルス等の感染症が病院内で伝染するリスクもなくすことができます。

2 基本的な考え方

 遠隔診療については、旧厚生省が平成9年に通知を発出し(「情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)について」平成9年12月24日付け健政発第1075号)、その基本的な考え方を示しました。
 同通知は、遠隔診療について、以下のように述べています。
 「診療は、医師又は歯科医師と患者が直接対面して行われることが基本であり、遠隔診療は、あくまで直接の対面診療を補完するものとして行うべきものである。
 医師法第20条等における「診察」とは、問診、視診、触診、聴診その他手段の如何を問わないが、現代医学から見て、疾病に対して一応の診断を下し得る程度のものをいう。したがって、直接の対面診療による場合と同等ではないにしてもこれに代替し得る程度の患者の心身の状況に関する有用な情報が得られる場合には、遠隔診療を行うことは直ちに医師法第20条等に抵触するものではない。」
 遠隔診療の概要や関連通知については、厚生労働省が下記ホームページにまとめていますので、今後も注視していく必要があるでしょう。
 https://www.mhlw.go.jp/stf/index_0024.html

 

第4 終わりに

 今回は、医師法20条をめぐる問題について解説しました。
 冒頭の質問に対する回答としては、直接対面せずに投薬の処方箋を発行することは原則としてできないが、これまでの診察状況や患者の状態、直接の対面診療を行うことが難しい理由等の具体的な事情によっては、例外的に許容される場合もあるという形になるでしょう。
 ただ、実際のケースで例外が認められるか否かを判断するのは難しいと思われます。
 本記事に関する問題についてお悩みの方は、この分野に詳しい弁護士にご相談されるのがよいでしょう。

 

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弁護士法人法律事務所瀬合パートナーズ

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