相続人等への株式売渡請求と相続クーデター

1 はじめに

 2005年、中小企業における円滑な事業承継等に有用であるとして、中小企業団体等からの強い要望を受け、相続人等に対する株式売渡請求制度が会社法に制定されました(会社法174条から177条)。一般承継による株式の移転は、株式譲渡制限による会社の承認の対象にはなりません。そこで、同制度を導入することで、他の株主にとり好ましくない一般承継人を会社から排除する道を認めています。しかしながら、同制度には、「相続クーデター」といわれる、支配株主(特に創業家)にとってのリスクも指摘されています。そこで、同制度の内容と手続き、具体的なリスクと対応策について、以下、解説していきたいと思います(本記事は2024年5月14日時点で作成したものとなります)。

 

2  相続人等への株式売渡請求制度

(1) 同制度の導入と手続きの流れ

 では、まず相続人等への株式売渡請求制度の導入方法と手続きの流れについて、概要を説明させていただきます。

① 定款の定め

 まず、定款に株式売渡請求制度の規定を定めます。この際、会社設立後に同制度を導入するのであれば、定款変更のための手続きが必要となります。また、売渡請求の対象となる株式は譲渡制限株式に限られるので、まだ自社の株式が譲渡制限株式でない場合は、譲渡制限株式の手続きもとる必要があります。
 一般的な定款例としては、次のようになります。
 (定款例)
 「当会社は、相続その他の一般承継により当会社の株式を取得した者に対し、当該株式を当会社に売り渡すことを請求することができる。」

② 株主総会特別決議

 対象株式を保有する株主に相続が生じた場合、会社が相続人へ株式の売渡を請求するためには、株主総会を開催し、特別決議を得る必要があります(会社法175条1項、309条2項3号)。また、決議では、請求する株式の数と対象株式を有する氏名又は名称を定める必要があります。その際、対象者である相続人には議決権がないので、決議に参加できないことに注意してください(会社法175条2項本文)。


③ 売渡請求

 上記特別決議を得た会社は、一般承継(相続を含む)があったことを知った時から1年以内に、対象者である相続人に対し、売渡請求をしていきます(会社法176条1項)。その際、会社としては、相続の結果がわかりませんので、原則として相続人全員を対象に請求書を発送することになります。また、対象者に到達したことを記録に残すために、請求書は配達証明付き内容証明郵便で送付するべきでしょう。


④ 買取価格の協議

 その後、会社は対象者である相続人と買取価格の協議をします(会社法177条1項)。その際、買取価格は、分配可能額の範囲内で行わなければならないことに注意してください。また、上記③の請求があった日から20日以内に⑤の価格決定の裁判申立てをしなければ、請求は失効してしまいます(会社法177条2項)ので、会社としては、協議が成立しない場合に備えて、事前に申立ての準備をしておくべきでしょう。


⑤ 価格決定の裁判申立て


 買取価格の協議が成立しない場合、いずれの当事者からも価格決定の裁判を申し立てることができます。裁判自体は審問期日で行われます(会社法870条2項3号)。
 なお、裁判所の決定した価格に不服がある当事者は、当該決定に対して、上告審に抗告、許可抗告することができます。


⑥ 代金の支払

 会社は、協議又は決定で決まった代金を対象者に支払うことで、対象株式を取得する
ことができます。

 

3 相続クーデター

 相続人等への売渡請求制度の手続きの流れは、上記2のとおりとなります。では、上記手続きのどこに「相続クーデター」が起こる恐れがあるのでしょうか。

(1)  まず、「相続クーデター」とは、この場合、少数株主グループが売渡請求制度を利用して、株主総会招集権を行使するなどして、オーナー家の相続株を会社で強制買取りする決議を成立させることを意味します(牧口晴一、斎藤孝一著「中小企業の事業承継」204頁~211頁参照[清文社])。

(2)上記2の手続きをご覧になられて、もうお気づきの方もおられるかもしれません。②「株主総会特別決議」において、対象株式の株主に相続が生じた場合、会社が相続人へ株式の売渡を請求するためには、株主総会の特別決議を得る必要があるのですが、対象者である相続人には議決権がありません。そのため、創業者等の支配株主に相続が発生した場合、その創業家の相続人たちは決議に参加することができません(会社法175条2項本文)。そこで、会社に買受資金さえあれば、残された取締役等が創業家の相続人たちに売渡請求をすると、相続人たちは、売り渡さざるを得なくなるのです。
 この問題点は、2005年改正会社法が成立した後、施行前から指摘されていました(浜田道代著「株式が相続された場合の法律関係」336頁参照[商事法務2021])。

 

4  判例

 実際に少数派の株主が多数派である相続した株主を追い出そうとした事例も生じています。事案を簡単にご紹介させていただきます。

(1) 鳥取地裁平成29年9月15日判決(第一審)、広島高裁松江支部平成30年3月14日判決(第二審)

【事案】

 原告X1が、特例有限会社である被告会社の株主及び被告会社の取締役として、原告X2が被告会社の取締役として、平成28年12月19日に開催された被告会社の株主総会(以下「本件総会」という。)における故Bの相続人らに対し、同人らが有する被告会社の株式1800株を被告会社に売り渡すことを請求する旨の決議が特別決議の要件を満たさないものとであったと主張して、会社法831条1項1号に基づき、その取り消しを求めた事案です。

(2)結論及び理由

 第一審も第二審も原告らが勝訴しました。
 本判決は、『整備法14条3項の規定する「総株主」「当該株主」に当該決議との関係で議決権行使を制限された株主が含まれるか』が争点となったところ、「当裁判所も、整備法14条3項の規定する「当該株主」は同項にいう「総株主」と同義であり、「総株主」には当該決議との関係で議決権行使を制限された株主が含まれると解され、本件決議は「当該株主」の議決権の4分の3以上という特別決議の成立要件を満たしていないと判断する。」(第二審)
 「本件決議は、総株主の議決権の数6000個のうち、本件決議に賛成した議決権数は2520個にとどまるから、『当該株主の議決権の4分の3以上に当たる多数』という特別決議の成立要件(多数決要件)を満たさないことが明らかである。」(第一審)

(3)コメント

 本件は、対象となった会社が特例有限会社であったことから、特別決議の成立要件が株式会社と違う解釈を理由に、相続人が勝訴しています。
 公平の観点からも、結論としては賛成なのですが、仮に株式会社の事案であった場合、このような結論が導かれたかは疑問です。

 

 

5  対応策

 では、このような「相続クーデター」が発生しないように、売渡請求制度を採用する企業としては、どのように対応していけばよいのでしょうか。
 この点、さまざまな対応策が提案されているようですが、法改正がなされていない現時点では、浜田道代教授も著書「株式が相続された場合の法律関係」(341頁・注59[商事法務2021])において紹介されておられるように、売渡請求制度を導入するにあたり、次のような下線部を付加した定款条項を採用するのが、最も便宜かつ有益ではないかと考えますので、ご参考にしてください。

 (定款例)
 「当会社は、相続その他の一般承継により当会社の株式を取得した者に対し、当該株式を当会社に売り渡すことを請求することができる。ただし、相続人に対する売渡請求は、その相続する株式が発行済株式総数の〇〇(たとえば25)%以下の場合にのみ請求できるものとする
 (上記定款例につき、斎藤孝一「特別利害関係人の議決権排除-会社法175条2項「株式の相続人等に対する売渡請求を決定する株主総会決議における議決権排除」にかかる問題とその解決策」NUCB JOURNAL OF ECONOMICS AND INFORMATION SCIENCE 54巻2号(2010年3月)67頁参照)。

 

6 まとめ

 以上のとおり、相続人等への売渡請求と相続クーデターについて、手続きの概要と対応策等について、ご紹介させていただきました。事業承継や売渡請求制度の導入をご検討されている経営者様は、一度この分野に詳しい弁護士にご相談ください。

 

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弁護士法人法律事務所瀬合パートナーズ

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