取締役の責任(競業避止義務)
目次
第1 初めに
「競業避止義務」という言葉を聞いたことがある方は多くいらっしゃるのではないでしょうか。競業避止義務は、取締役に課される重要な責任の一つです。
今回は、競業避止義務の具体的な内容や違反した場合の効果等について、会社法の規定を交えながら解説していきます。
第2 競業避止義務とは
1 定義
取締役は、会社に対して善管注意義務(会社法330条、民法644条)や忠実義務(会社法355条)を負っており、法令や定款等を遵守して、会社のために忠実に職務を行わなければならないとされています。
上記のような一般的規制から派生したものが競業避止義務です。
その内容について、会社法356条1項1号は、「取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき」には、「株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。」と定めています。
このような規制が設けられたのは、取締役が自らの地位を濫用することで、会社を犠牲にして自己又は第三者の利益を図ることを防止するためです。そこで、会社法は、取締役が競業取引を行おうとする場合には、会社に慎重な判断をさせるため、株主総会(又は取締役会)の承認を得なければならないものとしました。
2 競業取引とは
前述の通り、競業取引とは「会社の事業の部類に属する取引」のことを指すところ、これはすなわち、会社が実際に行っている取引と目的物及び市場が競合する取引のことをいいます。
例えば、X会社が九州においてパンの製造・販売を行っていた場合に、X会社の取締役Yが同様に、九州でパンの製造・販売を行おうとする場合には、目的物(パンの製造・販売)及び市場(九州)が競合するため、競業取引に該当します。一方で、取締役Yが、関東で焼肉屋を開こうとする場合には、目的物・市場のいずれも競合しておらず、競業取引には該当しないでしょう。
では、会社が現在は営業を行っていないものの、将来的に営業を拡大しようとしている地域において、取締役が同一商品の販売を行おうとする場合は、競業取引に該当するのでしょうか(=市場の競合があるといえるのでしょうか)。
この点について、裁判例は、会社が進出を企図し市場調査等を進めていた地域における同一商品の販売は、会社の同地域への進出機会を奪うものであり、競業取引に該当すると判断しています(東京地判昭和56年3月26日判タ441号73頁)。
一方で、会社の定款上の目的に含まれていても、現に行っていない事業については、会社との利益衝突が生じないため、競業取引にはならないと解されています。
3 競業取引を行う場合の規制
取締役が競業取引を行おうとする場合、取締役会非設置会社においては株主総会で、取締役会設置会社においては取締役会で、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならないとされています(同法356条1項1号、365条1項)。
基本的には取引ごとに承認を得る必要がありますが、実務上、取締役が競業会社の代表取締役に就任するような場合には、就任することについての包括的な承認があれば足りると解されています。
また、開示すべき「重要な事実」とは、単発の取引であれば、目的物・数量・価格等を指し、競業会社の代表取締役に就任し包括的な承認を受ける場合には、当該競業会社の事業の種類・規模・取引範囲等を指します。これ以外にも、規制が設けられた趣旨からすれば、その取引が会社に与える影響を判断するための事実を開示する必要があるでしょう。
なお、取締役会設置会社の場合、上記のような事前承認に加えて、取引後にも取締役会において、重要な事実を報告しなければならないとされています(同法365条2項)。
第3 競業避止義務に違反した場合
1 取引相手との関係
競業避止義務に違反した取引であったとしても、原則として、それ自体で取引が無効となることはありません。
取引相手としては、当該取引が競業取引にあたるかどうか、上記承認手続を踏んでいるかどうかは関係ない話であって、取引の安全を図る必要があるためです。
2 会社との関係
会社は、競業避止義務に違反した取締役に対して、任務懈怠責任として損害賠償を請求することができます(同法423条1項)。この場合、当該取引によって取締役が得た利益の額が、会社に生じた損害額と推定されるため(同条2項)、会社としては損害の立証が容易となります。
なお、株主総会又は取締役会の承認を得た上で、競業取引を行った場合でも、当該取引によって会社に損害が生ずれば、任務懈怠責任を問われる可能性があります。そのため、取締役としては、適法な手続を踏んだからといって安心するのではなく、会社に損害が生じないように最後まで注意する必要があります。
第4 終わりに
今回は、取締役の競業避止義務について解説しました。
今回のテーマに関してお悩みの方は、この分野に詳しい弁護士にご相談されるのがよいでしょう。
弁護士法人法律事務所瀬合パートナーズ
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