日本型司法取引と企業側の対応方法

1.日本型司法取引とは

(1)導入の経緯と趣旨

平成30年6月1日から日本型司法取引制度が施行されました。平成22年に起きた大阪地検特捜部による厚生省元局長無罪事件(障害者郵便制度悪用事件)を契機に、「検察の在り方検討会議」や「新時代の刑事司法制度特別部会」(法制審議会)を経て、取調べへの過度の依存を改めて適正な手続の下で、①供述証拠及び客観的証拠をより広範囲に収集することができるようにし(供述の強要や自白偏重の捜査の見直し)、②組織的な犯罪の解明等に資する(上層部の犯罪の解明)ため、新たな刑事司法制度を構築するための制度の1つとして、導入されることになりました。

特に企業犯罪では、一般的に突上げ捜査という捜査手法がとられます。たとえば、不正会計事件を例にすると、まずは会社の経理事務担当者の自白を得たうえで、そこから順に上層部の責任を追及していき、上層部の指示で行われたことを明らかにすることで、会社・組織ぐるみの不正会計の全容を解明していくといった具合です。

突上げ捜査の際に、下層部の社員が犯罪への関与の程度が低いにもかかわらず、刑事責任を問われることを恐れるあまり、供述をためらうことがあります。そのようなときに、日本版司法取引を利用することで、検察官が下層部の社員や弁護士と協議をして、上層部や会社の関与について供述することを条件に不起訴処分にすることを合意することで、上層部や会社の責任追及を可能にすることが期待されています。

以下、日本版司法取引について、説明をさせていただきます。

(2)司法取引の類型

司法取引の類型については、概ね以下の2つの類型があると言われています。今回、日本で導入されたのは、①捜査・公判協力型です。

①捜査・公判協力型(今回導入された型) 

被疑者・被告人(以下「被疑者等」といいます。)が他人の刑事事件について、真実の供述等を行って捜査・公判に協力することと引き換えに、検察官が被疑者等の刑事事件で不起訴等の寛大な処分をすることを合意する(協議合意制度)タイプです。

供述証拠や客観的証拠をより広範囲に収集できるようにし、法人処罰や暴力団の上層部など、組織的な犯罪の解明等に資するため、日本での導入が決まりました。

②自己負罪型

被疑者等が自己の犯罪事実を認めることと引き換えに、検察官が被疑者等の刑事事件で寛大な処分をすることを合意するタイプで、アメリカでは自己負罪型がベースです。今回、日本では導入されていません。

2.日本版司法取引の概要

(1)手続の流れ

①協 議(刑訴法350条の4)

検察官は、証拠の重要性、犯罪の軽重及び情状、犯罪の関連性の程度その他の事情を考慮して必要と認めるとき、被疑者等・弁護人と司法取引の合意について協議します。

被疑者等と弁護人に異議がないときは弁護人のみと協議の一部を行うこともできます。

②合意成立・合意不成立

合意成立にあたっては弁護人の同意が不可欠です。合意が不成立となった場合、協議中に話した被疑者等の供述を証拠にすることはできません(証拠禁止規定、刑訴法350条の5第2項)。

ただし、ここで注意しなければならないのは、その供述そのものは使えないにしても、間接的に利用すること、つまり派生証拠の利用は禁止されていません。その点で、事実上不利になってしまうおそれがあり得ます。

合意できた内容については書面を作成します。合意の内容については下記(2)をご参照ください。なお、合意からの離脱違反、検察審査会の議決があれば、合意は終了します。

③合意に基づく協力・処分 

合意が成立すれば、合意に基づく協力が行われます。具体的には、取調べにおける真実の供述、証人尋問における真実の供述、証拠の提出等の必要な協力です。

その後、検察官から、不起訴、公訴の取消、訴因変更、軽い求刑、即決裁判の申立て等、合意に基づく処分が行われます。 

(2)合意の内容

日本版司法取引の合意の内容については、①被疑者等の捜査・公判協力と②検察官の寛大な処   分があります。具体的には、次のとおりです。

①被疑者等の捜査・公判協力(刑訴法350条の2第1項1号)

他人の刑事事件について

・検察官、検察事務官又は司法警察職員の取調べに際して真実の供述をすること

・証人として尋問を受ける場合において真実の供述をすること

・検察官、検察事務官又は司法警察職員による証拠の収集に関し、証拠の提出その他の必要な協力をすること

②検察官の寛大な処分(刑訴法350条の2第1項2号)

・不起訴処分、公訴の取消、特定の訴因・罰条により公訴を提起・維持、特定の訴因・罰条の追加・撤回、特定の訴因・罰条への変更を請求、求刑において、被告人に特定の刑を科すべき旨の意見を陳述すること、即決裁判手続の申立て、略式命令の請求

(3)司法取引の対象となる犯罪

日本版司法取引が対象とするのは、組織犯罪や経済犯罪です。このうち経済犯罪については、改正法では脱税や独占禁止法違反、金融商品取引法違反を示していますが、詳細は政令で定めるとしています。

①組織犯罪など

・組織犯罪処罰法違反罪、覚せい剤取締法違反罪など

②経済犯罪

・贈収賄や詐欺、横領、有価証券偽造罪、租税に関する罪(脱税)、独占禁止法違反罪(談合、価格カルテルなど)、金融商品取引法違反罪(粉飾決算、インサイダー取引など)

・その他、政令で定めるもの

(4)合意の終了

合意が終了する場合として、①合意からの離脱と②検察審査会の議決があります。

①合意からの離脱

合意の当事者が違反した場合、相手方は離脱できます。

検察官が違反した場合、被告人の供述・提出証拠を証拠にできません。

【被告人が離脱できる場合の具体例】

・裁判所が訴因・罰条の追加、撤回、変更の請求を許さなかった場合

・裁判所が求刑よりも重い刑を言い渡した場合

・裁判所が即決裁判手続の申立ての却下または即決裁判手続の決定の取消をした場合

・略式命令請求に対して、裁判所が通常の審判をすることとした場合または検察官が正式裁判の請求をした場合

【検察官が離脱できる場合の具体例】

・被疑者等の他人の刑事事件についての供述の内容が真実でないことが明らかになった場合

・被疑者等が合意に基づいてした供述の内容が真実でないことまたは提出した証拠が偽造・変造されたものであることが明らかになった場合

②検察審査会の議決 

合意に基づく不起訴処分に対して、検察審査会が起訴相当の議決、不起訴不当の議決、起訴の議決をした場合、被告人の供述・提出証拠・派生証拠を証拠にできません。

(5)合意の履行を確保する制度

合意の履行を確保する制度として、①検察官の合意違反に対するものと②被疑者等の虚偽供述・偽変造証拠提出罪があります。

①検察官の合意違反

・検察官が合意に違反して公訴提起した場合、裁判所は公訴を棄却します。

・検察官が合意に違反した場合、被告人が協議においてした供述、合意に基づいてした被告人の供述や提出証拠は、原則として証拠にできません。

②虚偽供述・偽変造証拠提出罪

・合意に違反して、検察官・検察事務官・司法警察職員に対し、虚偽の供述をし、偽造・変造の証拠を提出した者は、5年以下の懲役に処する

・他人の刑事事件と自己の刑事事件の裁判が確定する前に自白したときは、その刑を減軽・免除できます

 3.日本型司法取引のリスクと問題点

(1)引き込み供述の危険性

日本型司法取引には、非常に大きな危険性が孕んでいると言われています。具体的には、自己負罪型ではなく捜査・公判協力型の司法取引の場合、刑罰の軽減という恩恵を受けるには、他人のことを供述するしかないのであり、恩恵を受けたいがために、無理に他人のことを供述しようとする結果、冤罪事件や虚偽供述が生じるおそれがあると指摘されています(引き込み供述の危険)。

(2)日本型司法取引の実効性への疑義について

企業内での不正がある場合であっても、末端の従業員からすれば、まずは内部通報制度や監督官庁・マスコミへの告発をすることが考えられ、いきなり捜査機関に持ち込んで自らの罪を免れようとすることは想定しづらいと思われます。

また、談合などのケースを考えた場合、独禁法違反ですので、まずはリーニエンシーを進めることが考えられ、いきなり今回の制度を利用しようとは考えないかもしれません。

さらに、反社会的組織の末端の者が今回の制度を利用して、組長の逮捕と引き換えに罪を軽減してもらっても、アメリカのように証人保護プログラムがない日本では、現実問題として、生命の危険にさらされる恐れがあることから、組織犯罪に対して容易には使えないでしょう。

このように、日本型司法取引がどこまで実効性があるのかについては疑問が指摘されています。

(3)三菱日立パワーシステムズ事件(日本型司法取引制度第1号事案)

平成30年7月20日、日本型司法取引制度が初めて適用されました。第1号事案となった事件は、タイの発電所建設をめぐる贈賄事件でした。大手発電機メーカー、三菱日立パワーシステムズが捜査に協力する見返りに、特捜部は同社の刑事責任を問わないというものです。この事件では、現地の港湾当局の公務員に約3900万円の賄賂を支払った同社の元役員ら3人が不正競争防止法違反(外国公務員への贈賄)の罪で在宅起訴されています。

上記1のとおり、本来日本型司法取引制度が想定されていたのは、末端で犯罪実行者となっている者から情報を引き出し、上部の巨悪を摘発するためといわれていましたので、制度の趣旨を没却するような運用ではないかとの批判があります。

その運用の是非はともかく、第1号事案のように、企業が捜査機関に情報を提供することで罪を逃れるということもあり得るということがわかります。いずれにせよ、企業としては、内部告発制度を整備し、不正の情報を可及的速やかに収集することで、不正に対して速やかに対処していくことが重要でしょう。

4.企業側の対応方法

(1)社内の体制

社内で不正行為が行われている疑いがあれば、早く正確に経営陣に情報が届くような体制を整えておくことで、迅速に対応できるようにしておく必要があります。そのためにも、内部者通報制度を設置し運用を周知徹底すること、スリーラインディフェンスを活用すること等で、日頃からコンプライアンスを徹底し、不正行為の防止、抑制・早期発見・対応等に努めましょう。

(2)証拠への注意点

まずは当然のことですが、メールの削除等、証拠隠滅は絶対にしてはいけません。また、証拠隠滅が疑われるようなことをしないように慎重に対応してください。   

証拠の確保も大切です。捜索などで押収されてしまう可能性のあるものについては、業務に支障がでないように、あらかじめリストを作っておくとか、メールなどもプリントアウトしておく等して、準備しておくことも検討しましょう。

このあたりの対応については、弁護人とよく相談し、指導・助言を仰ぎながら対応していくとよいでしょう。

(3)弁護人の体制

企業犯罪の特徴として、被害者・加害者の関係が複雑に入り組んでいることがあげられます。ですので、会社、社長、専務、担当者等、被疑者となり得る者に対しては、それぞれに別々の弁護人を就けることで、利益相反を気にすることなく、弁護活動を行える体制を整える必要があります。口裏あわせ等による証拠隠滅を疑われないためにも、被疑者となり得る者は各弁護人の指導・助言にしっかりと従って行動するようにしましょう。   

(4)取引供述の信用性

上記3のとおり、引き込み供述の危険性が懸念されています。そこで、まずは取引供述に本当に裏付けがあるのかということを確かめる必要があります。裏付けが十分とはいえない場合、供述のプロセスに関する証拠を捜査機関側に開示させ、その取引供述がどういう経緯で出てきたのか、その供述経過について検証する必要があります。協力者の供述を全て可視化することを捜査機関に申し入れておくことも大切です。

また、黙秘権は被疑者の正当な権利です。不用意な供述はかえって真実を歪められるおそれもありますので、必要に場面に応じて、黙秘権を行使することも検討しましょう。

 5.まとめ

日本版司法取引はまだ運用が始まってまもない制度です。今後この制度がどのように運用されていくのかを注視しながら、適宜柔軟に対応していく必要があります。 

日本版司法取引の問題に関してお困りの方は、この問題に詳しい弁護士にご相談ください。

 

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