「クローバック条項とマルス条項」について
目次
1 はじめに
近年、日本においても、会社の役員報酬として、業績連動型報酬やエクイティ報酬など、インセンティブ報酬の導入が進んでいます。それに伴い、株価の一時的な高騰などにより報酬が不当に高額になった場合や、不祥事などにより多額の損失を発生させた場合に報酬を返還する仕組みも必要とされています。そこで、近年では、「クローバック条項」と「マルス条項」という、二つの条項が注目されています。
この記事では、「クローバック条項」と「マルス条項」とはどのようなものか、どのような違いがあるのかについて解説した後、世界と日本における導入状況についてもみていきます。
2 クローバック条項とマルス条項とは
⑴ クローバック条項
クローバック条項とは、不正会計や投資失敗による巨額の損失が生じた場合に、「支払い済みの役員報酬」を会社に強制的に返還させる仕組みのことをいいます。
⑵ マルス条項
マルス条項とは、主に中長期インセンティブなどの「最終的な支給が留保されている報酬」を「支給前」に減額、あるいは消滅させる条項のことをいいます。
⑶ クローバック条項とマルス条項の違い
クローバック条項とマルス条項の最も大きな違いは、クローバック条項が「すでに支給済の報酬」を返還させる仕組みであるのに対し、マルス条項は「最終的な支給が留保されている報酬」を「支給前」に減額することにあります。
⑷ 報酬返還を実行するハードル
先述のように、クローバック条項は「すでに支給済の報酬」を返還させるのに対し、マルス条項は「最終的な支給が留保されている報酬」を対象としているため、報酬返還を実行する上での難しさも異なります。
マルス条項については、企業内での報酬算定・支給の仕組みの中で実現可能であり、比較的容易に報酬の減額ないし消滅が可能です。
それに対し、クローバック条項の場合は、すでに本人に帰属した財産を没収する、という位置づけであり、企業内での報酬支給プロセスを超えた対応が必要となります。そうした場合においては、クローバック条項発動時に報酬がすでに何らかの形で費消されており(投資、譲渡、寄付など)、返還が困難なケースも想定されます。
⑸ クローバック条項における税務上の問題
クローバック条項により、支払い済みの役員報酬を返還した場合、役員が過去に支払った所得税が還付されるのか、会社側で過去に損金とした役員報酬が法人税法上どのように扱われるのかが問題になります。これまでこのような問題が顕在化した事例はほとんどなく、今後の実務に注視する必要があるかと思われます。
3 導入状況について
⑴ 欧米での導入状況
リーマンショックによる世界的な金融危機以降、莫大な報酬を得ていた大手企業の経営陣への批判が高まり、欧米ではクローバック条項の導入が進みました。
米国においては、クローバック条項の根拠となる法規制が存在しています。そのため、米国企業では、それぞれの法律に求められている内容を満たした形で、各企業にクローバック条項が導入されています。
欧州においては基本的に強制力を持たない形ではあるものの、金融機関を中心にクローバック条項導入が推し進められています。
⑵ 日本の導入状況
三井住友信託銀行株式会社が2022年6月から7月にかけてデロイト トーマツ コンサルティング合同会社と共同で実施した、「役員報酬サーベイ」によりますと、マルス条項導入済企業は前年の20.3%から9.4ポイント増加した 29.7%となっており、現在検討中・今後導入予定の企業も6.9%存在します。クローバック条項を導入済みの企業は前年の8.7%から2.0ポイント増加した10.7%となっており、今後検討中・今後導入予定の企業も9.0%存在します。
クローバック条項・マルス条項を導入する企業は増加しており、今後も同様の傾向が続いていく見通しでしょう。
4 おわりに
以上のように、日本においても、役員の業績連動型報酬を支給前又は支給後に返還させようという動きは広がっています。
クローバック条項やマルス条項を導入するのか、導入するとして、どのような形で導入するのかについてお悩みの企業様は、企業法務に強い弁護士に相談するのがよいでしょう。
弁護士法人法律事務所瀬合パートナーズ
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