役員(取締役・監査役・執行役員等)に対する処分と対応方法
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第1 初めに
企業の健全な成長と社会からの信頼維持のためには、経営を担う役員(取締役・監査役・執行役員等)のコンプライアンス遵守が不可欠です。しかし、残念ながら役員による不正行為(法令違反、横領、情報漏洩、ハラスメント等)が発生してしまうケースも後を絶ちません。
役員の不正行為は、会社に直接的な損害を与えるだけでなく、他の従業員の士気低下、取引先や顧客からの信用失墜、株価下落、レピュテーションの毀損など、計り知れないダメージをもたらす可能性があります。
本稿では、役員の不正行為が発覚した場合に、企業が取るべき対応方法について、特に役員の解任手続にも触れながら解説します。
第2 不正行為発覚時の対応方法
1 初期対応:事実確認の重要性
役員の不正行為の疑いが発覚した場合、まず最も重要なのは客観的な事実の確認です。
憶測や感情論で対応を進めることは、問題をさらに複雑化させるだけでなく、万が一疑いが事実でなかった場合に、当該役員の名誉を著しく毀損し、逆に訴訟リスクを負うことにもなりかねません。
<調査のポイント>
・証拠の収集・保全
関係書類、電子データ、関係者のヒアリング記録などを、改ざんや隠蔽がなされないよう慎重に収集・保全します。
・調査体制の構築
公平性・中立性を確保するため、利害関係のないメンバー(社外取締役、監査役、外部専門家など)による調査委員会を設置することが望ましいでしょう。
・対象役員へのヒアリング
弁明の機会を与えるとともに、事実関係を詳細に確認します。ただし、口裏合わせや証拠隠滅を防ぐ配慮も必要です。
・守秘義務の徹底
調査に関わる情報は厳密に管理し、不必要な情報漏洩を防ぎます。
調査の結果、不正行為の事実が確認された場合には、具体的な処分や対応を検討する段階に進みます。
2 役員の法的地位と処分の考え方
役員の処分を検討する上では、その法的地位を理解しておくことが重要です。
⑴ 取締役・監査役
取締役や監査役は、会社法上の「役員」であり、株主総会の決議によって選任され、会社との間で委任契約を結んでいます。原則として「労働者」ではないため、就業規則に基づく懲戒処分(戒告、減給、懲戒解雇など)を行うことはできません。
処分としては、解任や損害賠償請求が主な手段となります。
⑵ 執行役員
執行役員は、会社法上の役員ではなく、法律上の明確な定義もありません。
一般的には、経営陣が決定した方針に基づき会社の業務を執行する役職を指しますが、「執行役員」という名称であっても、実態として会社と雇用契約を結んでいる場合は、「労働者」として扱われることになります。この場合、就業規則に基づく懲戒処分の対象となります。
一方で、取締役を兼務する場合や、委任契約に近い形態の場合には、取締役や監査役と同じ扱いになります。
3 取締役・監査役に対する処分:解任を中心に
取締役や監査役に不正行為があった場合、最も重い処分は解任です。
⑴ 解任手続
取締役・監査役の解任は、原則として株主総会の普通決議(行使できる議決権の過半数を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の過半数をもって行う)によって、いつでも行うことができます(会社法339条1項、341条)。不正行為の事実は、解任決議の判断材料となりますが、法律上、解任事由は問われません。
ただし、任期満了前に解任された役員は、その解任について「正当な理由」がない限り、会社に対して解任によって生じた損害の賠償を請求できます(会社法339条2項)。
「正当な理由」とは、法令・定款違反行為、心身の故障、職務への著しい不適任などが挙げられ、客観的に役員としての適格性を欠くと判断される事由を指します。不正行為の悪質性や、会社に与えた損害の程度は、この「正当な理由」の有無を判断する上で極めて重要な要素といえるでしょう。
なお、不正行為や法令・定款違反があったにもかかわらず、上記解任決議が否決された場合には、一定の要件を満たした株主は、裁判所に対してその役員の解任を請求することができます(会社法第854条)。
⑵ 損害賠償請求
役員の不正行為によって会社が損害を被った場合、会社はその役員に対して任務懈怠責任(会社法第423条)に基づき、損害賠償を請求することができます。これは解任とは別に行うことが可能です。
4 執行役員に対する処分
執行役員が不正行為を行った場合の対応は、前述の通り、その契約形態によって異なります。
⑴ 雇用契約に基づく執行役員
この場合、当該執行役員は「労働者」としての地位を有するため、就業規則に定められた懲戒事由に該当すれば、けん責、減給、出勤停止、諭旨解雇、懲戒解雇といった懲戒処分が可能です。
ただし、行った懲戒処分について、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は無効となってしまいます(労働契約法第15条)。不正行為の内容や程度が行おうとする懲戒処分に相当するかどうか、慎重な判断が必要です。
⑵ 委任契約(またはそれに近い形態)に基づく執行役員
取締役と同様に、委任契約の解除(解任)や損害賠償請求が中心となります。契約内容に特約があれば、それに従うことになるでしょう。
5 その他の対応と再発防止策
解任や損害賠償請求の他にも、企業として取るべき対応があります。
⑴ 刑事告訴
不正行為が横領罪、背任罪、特別背任罪などの犯罪に該当する場合は、刑事告訴を検討します。
⑵ 対外的な公表
役員の不正行為を社外に公表すべきかどうかはケースバイケースですが、不正行為の内容や影響に鑑み、社外への公表が望ましい場合があります。事実関係とその対応、再発防止策を適切に公表することで、信頼回復に繋がるでしょう。
ただし、公表内容やタイミングは、関係者のプライバシーや訴訟への影響も考慮し、慎重に判断する必要があります。
⑶ 内部統制・コンプライアンス体制の見直し
不正行為が発生した原因を分析し、役員に対する行動規範の明確化、内部通報制度の活性化、監査体制の強化、コンプライアンス研修の実施など、実効性のある再発防止策を講じることが不可欠です。
第3 終わりに:専門家への相談の重要性
役員の不正行為への対応は、事実認定、法的評価、手続の選択、対外的な影響など、多くの複雑な要素が絡み合います。特に役員の解任や懲戒処分は、法的な手続を誤ると、逆に役員から訴訟を起こされるリスクも伴います。
不正行為の疑いが生じた初期段階から、適切な対応を進めるためには、企業法務に精通した弁護士に相談することが極めて重要です。弁護士は、事実調査のサポート、法的リスクの評価、適切な処分や対応方法の助言、必要な手続の実行、社外への公表に関するアドバイス、再発防止策の構築支援など、多岐にわたるサポートを提供します。
役員の不正という危機を乗り越え、より強固な組織を築くためにも、早期に専門家にご相談ください。
