ホテル・旅館業を営む方へ
目次
従業員の労務管理の必要性
労働基準法では、1日8時間・1週40時間という労働時間が原則的な上限として定められていますが、ホテルや旅館の業務は他の業種と比べ特殊であり、日中・平日の時間帯だけでなく、休日・深夜を問わずに続いています。
上述の法定労働時間を超えて働いた場合、すなわち午後10時以降の深夜や午前5時以前の早朝に勤務した場合、法律に定められた週1回の休日に出勤した場合などには、使用者は従業員に対してその分の割増賃金を残業代や時間外給与として支払わなければなりません(労働基準法37条)。
宿泊業では、休日や深夜にも業務にあたらなければならないことが少なくないため、残業代が生じないように働いてもらうためには、従業員間のシフトを調整して、法律の定める労働時間の上限を超えて働く者がいないようにしておく必要があります。
しかし、すべての従業員に対してこのような調整を行うことは業務効率が悪く、そもそも深夜・早朝に勤務した場合にはそれ自体が割増賃金の対象となるので、宿泊業では残業代トラブルが発生する可能性が他業種と比べて高くなっています。このため、専門的知見に基づいて相当に慎重な労務管理が必要となると言えます。
従業員からの残業代請求
割増賃金の支払は法律上の義務となっていますので支払いを免れることはできません。これは正社員であろうとパートやアルバイトであろうと関係なく適用されます。
適正な金額の残業代を支払うためには、その従業員の実労働時間を正確に把握したうえで、労働基準法の定める計算方法をあてはめた上で金額を算定して個別に支払う方法によることが理想です。
しかし、こういった作業をすべての従業員に対して毎回行うことは大変なので、実際に働いた時間にかかわらず毎回一定の額を固定残業代(みなし残業代ということもあります)として支払う方法もあり得ます。
もっとも、この場合でも、固定残業代として支払った金額が労働基準法の定める計算方法で算定される金額を下回る場合には、別途差額を支払う必要があります。このため、両者の比較をするために、従業員の実労働時間を正確に把握することは不可欠となります。
そこで、残業代トラブルが生じないよう予防するためには、
①従業員ごとの実労働時間の正確な把握
②可能な限り時間外労働が生じないようにするためのシフトの調整
③毎回の給与支払い時に割増賃金分を基本給と明確に区別して支払うこと
④実際に支払われる割増賃金相当額が労働基準法の基準を下回らないようにすること
が重要となってきます。
従業員を簡単に解雇できない
解雇とは、使用者から労働者に対する一方的な労働契約の解約のことをいいます。したがって、解雇要件を満たす場合は、労働者の承諾は不要です。
しかし、ご存じのとおり日本の労働法制下では、従業員を簡単に解雇することはできません。
問題がある従業員であっても、普通解雇の場合、労働契約法第16条によって、客観的・合理的な解雇事由があり、かつ、社会通念上相当と認められない限りは、解雇したとしても無効となります。
簡単には解雇できないということを知らず、安易に解雇の手続きを進めてしまった場合、労働者(元労働者)との間で紛争を招き、多大な労力を強いられることにもなりかねません。
したがって、解雇したい従業員がいる場合は、その解雇事由を慎重に検討するとともに、慎重かつ適切な手続きを行わなければなりません。
解雇事由を立証できる証拠を残す
解雇もやむを得ないという場合ですが、労働者が解雇は不相当であると争ってきた場合に備え、解雇事由の客観的・合理性を主張できるよう証拠を集めておく必要があります。
もし、解雇が正当であることを明確に主張できない場合には、解雇権の濫用と判断され、解雇が無効とされてしまうおそれもあります。したがって、解雇事由を何らかの形で客観的証拠として残しておくことが重要です。
具体的には、問題行動を起こした場合には文書で注意や警告を行い、始末書等の提出を求めるのが一つの方法です。
一度のみならず繰り返し問題行動があった場合には、その都度、書面にて注意や警告をした実績を残しておきましょう。注意しても改善されなかったということで会社にとって有利な証拠となります。
ホテルや旅館の評判に関わる大きな問題行動に及んだ従業員に対しては、何らかの制裁の意味を込めて懲戒解雇や論旨解雇という方法をとるべき場合もあるかもしれません。
普通解雇の場合
では、どういった場合に従業員の解雇ができるのでしょうか。
普通解雇の場合、①解雇事由の存在と②解雇予告の履行が要件となっています。
①の解雇事由の存在については、上述のとおり「客観的に合理性」があり、「社会通念上相当」であることが必要です。
このうち客観的な合理性については、例えば、傷病等による労働能力の喪失や低下、能力不足や適格性の欠如、非違行為等があげられます。
また、社会通念上相当かについては、その事実関係の下で労働者を解雇することが過酷に過ぎないか等を具体的な個々のケースに応じて判断していきます。
②の解雇予告ですが、解雇予告は少なくとも解雇の30日前に行わなければなりません(労働基準法第21条1項)。
もし、30日前までに解雇予告をしなかった場合は、30日以上の平均賃金を支払うか、予告してから30日が経過するまで解雇は成立しません。
この解雇予告の方法は、内容証明郵便で送付する方法が良いでしょう。
整理解雇の場合
整理解雇はいわゆるリストラと言われるもので、会社の経営上の理由により人員削減が必要な場合に行われる解雇のことです。
整理解雇が相当であると認められるためには、
①企業が客観的に高度の経営危機にあり、解雇による人員削減が必要やむを得ないこと
(人員削減の必要性)
②解雇を回避するために具体的な措置を講ずる努力が十分になされたこと
(解雇回避努力)
③解雇の基準及びその適用(被解雇者の選定)が合理的であること
(人選の合理性)
④人員整理の必要性と内容について労働者に対し誠実に説明を行い、かつ十分に協議して納得を得るよう努力を尽くしたこと
(労働者に対する説明協議)
が必要であると考えられています。
こちらの要件に基づき、相当であるか否か個別具体的な事情に基づいて整理解雇が相当か否か判断されることになります。
懲戒解雇の場合
懲戒解雇とは、就業規則上の最も重い懲戒処分が科されて行われる解雇のことです。
この場合は、解雇予告せずに即時解雇したり、就業規則の規定によっては退職金を全額ないしは一部支給しないということもあり得ます。
懲戒解雇は、労働者に対して大きな不利益を与えるため、要件が大変厳しくなっています。
①就業規則上懲戒解雇事由が定められ、その事由に該当する行為や事実があったこと
②懲戒の根拠規定は、それが設けられる以前の事例には遡及的に適用してはならないこと
③同一の事案に対し、2回以上の懲戒処分をしてはならないこと
④懲戒は同種の非違行為に対しては、懲戒処分は同等でなければならないこと
⑤懲戒処分は、非違行為の程度に照らして相当なものでなければならないこと
これらが要件となります。特に⑤の懲戒解雇の相当性について争われることが多いです。
解雇の有効性について争われた場合は、すぐに弁護士にご相談ください。解雇が有効か無効であるかは法律と判例に基づいて正確に主張していく必要があります。不誠実な対応をした場合には慰謝料請求もされてしまうおそれもあります。
就業規則の見直し
ホテルや旅館は休日が繁忙期であり、深夜や早朝においても提供するサービスへの対応が必要となり、限られた時間帯で全ての業務を完了させなければならないなど、変則的な労働条件での勤務が必要となる業態であるといえます。
従業員を雇用するにあたっては、雇用契約書や就業規則で労働条件を定める必要があり、その内容は労働基準法に適合するものでなければなりません。
また繁忙期や閑散期の区別に応じて労働時間を変動させる場合、いわゆる変形労働時間制を採用することが考えられますが、その導入のためには様々な要件があり、規則が実体とかけ離れていないか等チェックする必要があります。
さらに、時間外労働に対する割増賃金について、固定残業代として支払いがなされているものの、それで十分といえるかという問題もあり得ます。
以上より、就業規則が実体とかけ離れていないか、労働基準法上内容が適合するものかいなか一度確認してみる必要があります。
法律事務所瀬合パートナーズではホテルや旅館業に適した就業規則の作成や見直しに関するご相談を承っております。将来的な労務トラブルを未然に防止するため、まずは就業規則の見直し等につきまして、お気軽にご相談ください。
外国人労働者の労務問題
日本に在留する外国人には、一定の在留資格が付与されており、これまでの間、外国人がホテル・旅館で働く場合には、技能実習や資格外活動許可によっていました。
しかし、特定技能による在留資格が設けられたことにより、今後は、技能実習では行い得なかったサービス業務や資格外活動許可ではできなかったフルタイムでの雇い入れなど、人材活用の場面が一層広がることが予想されます。
従業員が外国人であったとしても労働基準法の他各種社会保険に関する法令についても日本人と同様に適用されます。
外国人労働者と日本人従業員との間で法令が同様に適用されるということは、賃金や労働条件についても均衡均等待遇が求められることとなります。
人材活用の仕組みに応じた合理的な区別でない異なった待遇差を設けてしまうと、と労務トラブルに発展する可能性があります。
また、特定技能外国人を雇用した際には、支援計画の遂行上特別の義務が課されますのでその実施をめぐってもトラブルが生じる可能性があります。
外国人労働者とは言葉の壁もありますので、些細なニュアンスの違いが大きなトラブルをもたらす可能性もあります。
弁護士に依頼できること
利用者との関係
宿泊予約の無断キャンセル、宿泊代金、事故、事件、騒音、クレーム対応等対利用者との関係では様々なトラブルや法務ニーズがあります。
これらについては、事前のマニュアル作成で予防できたり、事後の対応をすることが可能です。
従業員との関係
採用、労務トラブル、労災等々のトラブルや法務ニーズがあります。
これらについては、就業規則等の整備と常時アップデートが不可欠です。
就労環境の悪化はお客様へのサービスの低下にも繋がりかねませんので、より良い就労環境の構築に向けた指導・アドバイスを日常的にさせていただきます。そして、万が一労使トラブルが生じた際には豊富な経験に基づき解決をサポートします。
取引先との関係
フードサービス、清掃業、各種工事等様々なトラブルがあります。
これらについては、契約関係が適切なものとなっているか、適切にするためにはどのように修正したらよいか等確認しておく必要があります。
同業者・競合相手との関係
営業秘密の管理、不正競争、知的財産。事業譲渡、事業承継等のトラブルが想定されます。
これらは特に法律の知識が必要となっており、知らない間にうっかりと法に反している場合があります。
また事業譲渡や事業承継の場面では隠密かつ迅速に対応する必要があります。こちらにつきましても、豊富な経験から解決をサポートいたします。
旅行代理店とのトラブル
一般的に旅館やホテルは旅行代理店との間で、「旅行代理店がお客様をその旅館やホテルの単に手配し、宿泊の予約を受け付ける」という業務を委託し、これにより旅館やホテルと旅行業者との間で「宿泊券契約」が成立したことになります。
直前に抑えていた枠を旅行代理店がキャンセルしてきた場合については、あくまで旅行代理店は宿泊枠の設定が行われていたにすぎず、上述の宿泊契約が成立していたとまでは言えません。
宿泊枠の設定については、
①あくまで枠の設定であり一定期間内に旅行代理店がその枠の範囲内で顧客を確保したときは、旅館側は優先的に宿泊契約を締結する義務があるが、一定の条件のもとに宿泊枠の返上は可能であると考えるものと
②宿泊枠を設定したということは、その枠の範囲内で旅行代理店は顧客との間の旅行契約を自由に締結できるのであって、旅館との宿泊契約を締結したことになり、旅行代理店はその宿泊できる権利を顧客に販売する権利を買い取ったものと
考えるものがあります。
①で考える場合、宿泊枠の設定に過ぎなかったとしても、旅館側は他の宿泊の予約を受け付けることができないという制約が課されます。
このため、直前になってキャンセルすることは旅館側に損害を与えることと解されますので、旅行代理店には、旅館に対してキャンセル料の支払義務やキャンセルによって通常被る損害の賠償をする責任があると考えられます。
②で考える場合でも、同様にキャンセル料の支払いやキャンセルによって通常被る損害賠償の責任を負うと考えられています。
食品業者とのトラブル
搬入してきた食材から食中毒が発生した場合、食中毒の元となった食品の製造業者は製造過程における過失を理由に不法行為責任を負います。
また製造業者の過失が明らかではない場合でも、製造物責任法により損害賠償責任を負います。
食品を搬入する業者は旅館との間で売買契約に基づき安全な食品を搬入する債務を負っています。
安全性に欠ける食品を搬入した時点で旅館との関係では債務不履行となりますし、宿泊客との関係では不法行為責任を負います。
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