医師法21条に基づく異状死体の届出
目次
第1 初めに
医師法21条は、「医師は、死体又は妊娠四月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、二十四時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」と定め、医師に対し届出義務を課しています。
この義務に違反した場合、当該医師は50万円以下の罰金に科されるため(同法33条の3第1項)、病院としてはこの条文の解釈について把握しておく必要があります。
そこで今回は、どのような場合に医師法21条の届出をしなければいけないのか、その要件について、裁判例も交えながら解説いたします。
第2 医師法21条の解釈
1 検案
最高裁は、医師法21条の「検案」の解釈について、「医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい、当該死体が自己の診療していた患者のものであるか否かを問わない」と判示しました(最判平成16年4月13日刑集58巻4号247頁・広尾病院事件)。
そのため、医師は、当該死体に初めて接する場合にとどまらず、元々自分が診療していた患者が亡くなった後にその死体を検査する場合にも、異状を認めたときには、警察署へ届け出なければなりません。
2 異状
「異状」の解釈については、現在も見解が分かれています。以下では、「異状」の解釈をめぐる現在までの議論状況をご説明いたします。
⑴ ガイドライン
日本法医学会が平成6年に発表した「異状死ガイドライン」は、異状死体を「確実に診断された内因性疾患で死亡したことが明らかである死体以外の全ての死体」と定義しました。
また、その中で医療過誤の可能性のある場合について次のように規定しています。
【4】診療行為に関連した予期しない死亡、およびその疑いがあるもの 注射・麻酔・手術・検査・分娩などあらゆる診療行為中、または診療行為の比較的直後における予期しない死亡。 診療行為自体が関与している可能性のある死亡。 診療行為中または比較的直後の急死で、死因が不明の場合。 診療行為の過誤や過失の有無を問わない。 |
しかし、このガイドラインには、「異状」の範囲が広すぎるとして、批判の声が強く上がっています。特に、日本外科学会は、診療行為中の患者の死を全て異状死として届け出なければならないとすれば、医師の医療行為に対する委縮効果を招く等として、危機感を示しました。
⑵ 裁判所の判断
「異状」の解釈について、いまだ最高裁は判断を下していないものの、下級審では参考になる裁判例がいくつか出ているため、ご紹介します。
①東京地判八王子支部昭和44年3月27日刑月1巻3号313頁
裁判例①は、「医師法にいう死体の異状とは単に死因についての病理学的な異状をいうのではなく死体に関する法医学的な異状と解すべきであり、したがって死体自体から認識できる何らかの異状な症状乃至痕跡が存する場合だけでなく、死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況、身許、性別等諸般の事情を考慮して死体に関し異常を認めた場合を含むものといわねばならない」と判示しました。
②東京地判平成13年8月30日判時1771号56頁(広尾病院事件の一審判決)
裁判例②は、医師法21条の趣旨が、「死体に異状が認められる場合には犯罪の痕跡をとどめている場合があり得るので、所轄警察署に届出をさせ捜査官をして犯罪の発見、捜査、証拠保全などを容易にさせる」点にあることを踏まえ、「診療中の入院患者であっても診療中の傷病以外の原因で死亡した疑いのある異状が認められるとき」は、医師法21条の届出をしなければならないと判示しました。
③福島地判平成20年8月20日判時2295号6頁
裁判例③は、②と同様に、医師法21条の趣旨を述べた上で、同条の「異状」とは、「法医学的にみて、普通と異なる状態で死亡していると認められる状態であることを意味する」と判示しました。
上記裁判例の判示からすると、裁判所も「異状」の解釈について、特段限定を付していないことが分かります。
⑶ 厚生労働省による通知
以上のような議論状況を踏まえ、厚生労働省は「医師による異状死体の届出の徹底について」(平成31年2月8日付け医政医発0208第3号厚生労働省医政局医事課長通知)を発出し、以下のように述べました。
「医師が死体を検案するに当たっては、死体外表面に異常所見を認めない場合であっても、死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況等諸般の事情を考慮し、異状を認める場合には、医師法第21条に基づき、所轄警察署に届け出ること。」
その後、厚生労働省は上記通知の質疑応答集(Q&A)(平成31年4月24日事務連絡)を発出し、上記通知の趣旨について、以下のように述べました。
「医師が検案して異状を認めるか否かを判断する際に考慮すべき事項を示したものであり、医師法第21条の届出を義務付ける範囲を新たに拡大するものではない。…医師は、死体の検案の際に、様々な情報を知りうることがあることから、それらの情報も考慮して死体の外表を検査し、異状の判断をすることになることを明記したものにすぎない。」
⑷ まとめ
以上の通り、「異状」の解釈については、いまだその判断基準が固まっていません。
ただ、裁判例では比較的広く「異状」が認められていること、届出義務に違反した場合に刑事罰が科されることからすると、病院側としては、患者が医療過誤によって亡くなった可能性が少なからずある場合には、念のため医師法21条に基づく届出を行っておくのが望ましいでしょう。
第3 黙秘権との関係
上記広尾病院事件では、医師法21条が黙秘権侵害として憲法31条に違反するのではないかということも争われました。
すなわち、死体を検案して異状を認めた医師は、その死因等につき診療行為における業務上過失致死等の罪責を問われる可能性があるにもかかわらず、その異状を警察に届けなければならず、これが供述の強制にあたるのではないかという議論が生じました。
この点、最高裁は、届出義務の性質、内容・程度および医師資格の特質、届出義務の公益上の高度の必要性を理由として、医師法21条は憲法38条1項に違反するものではなく合憲であると判断しました。
第4 終わりに
今回は、医師法21条に基づく届出義務について解説しました。
本記事の内容についてお悩みの方は、この分野に詳しい弁護士にご相談されるのがよいでしょう。
弁護士法人法律事務所瀬合パートナーズ
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